8月3日(水)12時36分 3094gの我が家の長男が産まれた。

 

いま、病室のテーブルの上にPCを開き、ひと仕事を終えぐったりと横たわる妻と何事もなかったかのようにすやすやと眠る息子を眺めながらブログを書いている。

 

思い返すと、8月1日(月)午前3時半ころ、破水があったと叩き起こされ、わけも分からず言われるまま大荷物を抱きかかえ、タクシーで病院へと向かった。

 

当初の予定日は8月20日。

 

直近の検診にて、順調に育ってきているとは聞いていたため、予定よりも早まるのではと夫婦で勝手な予想を立てていたが、まさかこんなに早まるとは思ってもいなかった。

 

しかし、緊急入院を済ませ、陣痛が来るのを待つも何の予兆もなし。流れるようにその日が過ぎた。その翌日、朝の診察にて陣痛促進剤を打つことが決まり、今日こそはと覚悟を決めて陣痛が来るのを待つも一向に来ぬまま。緊張が徐々に不安へと変わりはじめた。

 

そして、今朝妻から陣痛がはじまったと連絡があり病院へと駆けつけるも、本格的な陣痛が来るまでに時間がかかり、状況次第では帝王切開も・・と告げられた直後の9時40分、分娩室へと急遽移動することになった。それから約3時間もの時間、妻は痛みと闘いながら母親としての最初の仕事を立派にやり遂げてくれた。

 

いま改めて思うこと。

 

たしか7月29日(金)が最後の検診だったと記憶している。その時点で赤ん坊の推定体重は3000g。順調だったこともあり、医師から妻に対し運動の指令が出た。

 

その指令に従順に従うべく、翌日から散歩を開始した。結果的に、土曜と日曜の二日間のみで終わったが、それぞれゴール地点を決めて自宅から歩いた。

 

それに加え、妻は産後のことを考え、実家での生活に向けての荷づくりを着々と進めていたものを宅急便で発送したのも先週末の話だ。まだある。自分の母親が上京してきた時のために、部屋の掃除をし寝どころを確保、パジャマまで用意してくれていた。

 

あともう一つ、ベビーベッドを置くスペースを確保すべく、ベッドを移動しようと提案を持ちかけ、自分がしぶしぶベッドを移動したのも先週末の話だ。

 

それらに対し自分はというと、1ヶ月も前から気がはやいなーと、どこかしら静観していたような気がする。

 

そして、迎えた8月1日月曜日の明朝に破水が起きた。母親がすべて準備したのをみて、息子は出てこようとしたのではないか。変な奴と笑われるかもしれないが、なかば確信めいたものを感じている。

 

加えて、息子は準備不足の自分をみて、この数日出てくるのを渋っていたのではないかと思ったりもした。実際、この数日はいろんなことがあり、ずいぶんと準備をさせてもらえた。

よくできた妻と息子に恵まれ、本当に幸せ者だと思う。

 

今度は親父である自分の番だ。

9ヶ月かけて、ふたりが着々と準備を進めてきてくれたことへの感謝の気持ちをエネルギーへと変えて、体を張って守り抜きたい。

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