前回に引き続き、自分自身のアメフト人生の棚卸しをしたい。

今回は、社会人以降を一気に進める予定でいたが、よくよく考えれば、社会人と一口で言っても、現役9年、コーチ9年、合わせると18年間にもおよぶため、まずは「リクルートシーガルズとの出会い」について書きたい。

 

大学4回生になると、まわりが就職やら公務員試験と口走りはじめた。

それに触発されるかのように、自分も将来のことを考えはじめるようになった。

親父を習い、教師という道も少し視野に入れてはいたが、先生と呼ばれるにはほど遠く、社会で揉まれることや職業人として一人前になることが、アメフトばかりに明け暮れてきた自分にとって必要なことのように思えた。

 

じゃあ、どの業界のどんな仕事をするのか?

親戚の多くが自営業者だったこともあり、「会社」や「仕事」に関する情報を収集しようにもやりようがなく、なんとなく知っている会社を中心にあたってみることにした。

なんとなく知っている会社とは、言い換えれば、老若男女問わず、誰もが知っている会社のことで、言い換えると、大手企業、上場企業のことだ。

世間知らずの学生でありながらも、「大阪体育大学」という大学ブランドでは、その類いの企業には到底受からない現実もどこかで理解していた。

 

一方で、大好きなアメフトを続けたい自分もいた。

どうせやるなら強豪チームでやりたいが、二部リーグのいち選手でしかない自分が強豪チームへと進むことが現実的に難しいこともよく理解していた。

 

この時に初めて、これまで立ち止まることなく、突っ走ってきた自分が、「現実」「世の中」「世間」・・というものを目の当たりにして、自助努力だけでは進められないことがあることを知ったように思う。

 

そんななか、リクルートシーガルズというチームに興味を持った。キッカケは、アメフト専門誌でチームの特集記事を読んだのが最初だったように思う。

デイビットスタントヘッドコーチの考え方からはじまり、一流選手だけでなく、二部リーグや地方リーグ、同好会出身者が入部後に成長を遂げて活躍していること、「仕事もアメフトも120パーセント」「仕事でもアメフトでも日本一」というスタンスというか価値観がすごく魅力的に感じた。

 

ただ、大学OBがいないのに、どうやってアプローチをすればよいのか・・。

 

そんなことを考えていた矢先、リクルーターの方からクラブハウス宛に連絡が入り、大阪でお会いすることになった。

 

「偶然」では片付けられない、ものすごいタイミングだった。

 

後日、リクルーターの方と自分のポジションであるオフェンスライン担当コーチの方とともに食事をする機会をいただけた。

 

またとないチャンスであり、自身のことをあらゆる角度からアピールしなければいけない場面だが、緊張のあまり、そんな余裕も、また術もなく、話を聞くだけで精一杯、自分から発する言葉と言えば、「はい」と「いいえ」と「すみません・・」くらいだったように思う。

覚えているのは、話の最後に、東京に練習見学に行く約束をしたくらい。

 

そして、練習見学当日。

コートが二面とれる広々としたグラウンド、青々とした天然芝生、充実したトレーニング施設、チームに関わるスタッフの数、これまで見た事もない練習手法やテンポよく進められる練習など・・・すべてに圧倒された。

なかでも、選手たちが弾けるようなテンションで、ハードな練習メニューをひとつひとつを前向きに取り組んでいる姿がとても印象的だった。

同じスポーツをやっているとは思えないくらい、自らの意志のもと、目標・目的を持って、楽しんでやっているように映った。

 

練習が終わる頃には、すっかりシーガルズの虜になり、このチーム、この人たちとプレーがしたい!と心底思った。のめり込んでいる自分がいた。

学生時代の延長戦ではなく、新たなチャレンジ、スタートが切れるように感じたのを思い出す。

 

ただ、現実はと言うと、肝心の就職活動がまったく思うように進まなかった。

 

事業や仕事に対する理解を深める機会、思考を整理する機会として、たくさんの方をお会いさせていただいたり、面接に向けた想定問答を添削してもらったり、SPI試験対策のための合宿をしてもらったり・・・。

パッパラパーな自分に対して、リクルーターの方をはじめ、チーム関係者の方々には、ほんとによくしてもらった。

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しかし、結果は「不採用」。

 

それでも、リクルーターの方は、その他関連会社にも採用枠がないかを確認しているから待っとけ!と仰ってくれた。

 

嬉しい気持ちよりも、ほんとによくしてもらった分、「さすがに、もうこれ以上お世話になるわけにはいかない・・」という気持ちが強くあり、自分なりに整理をつけて、東京をあとにしたように思う。

 

それからというもの、リクルーターの方からの連絡に出ることもせず、逃げ回っていた。

就職先に関して、何か別のアテがあったわけでもないし、リクルーターの方と会いたくなかったわけでもない。

うまくいかなかった結果を整理したつもりでいたけど、整理しきれずに、自分の殻に閉じこもっていたのだと思う。

 

すると、ある日練習を終えて、クラブハウスに戻ってくると、自分の部屋の扉にリクルーターの方からのメモが貼られていた。

「近くにいます。帰ってきたら携帯まで連絡をくれ。」

驚きのあまり、何が起きたか分からないまま、リクルーターの方の携帯に連絡を入れ、着替えもせずに、指定の店まで飛んでいった。

 

店に入ると、リクルーターの方ともう一名コーチの方が待ち構えておられた。

一連の不義理な行動に対して一喝される覚悟で挑んだが、予想とは反し、電話に出なかった理由や就職活動の状況などを親身に聞いてくださったあと、このように話してくれた。

 

「明日、関連会社の一社が面接してくれることになっている。一緒に行こう。」

 

そのまま、クラブハウスに戻ることなく、ホテルに泊まりこみ、翌朝お二人とともに飛行機で東京へと向かった。

 

東京に到着すると、新橋駅前のコナカでスーツ上下を買い揃えていただき、リクルーターの方から皮靴を借りて、面接へと向かった。

 

会社に着くと、人事マネージャーのお二人が対応してくださった。

面接の終わりには握手をしていただき、その直後に採用内定が決まった。

会社のこと、事業のこともろくに理解せぬまま、きっと頓珍漢なことばかりを話していたに違いないだろうし、コミュニケーションもままならない、アホさ加減に驚かれたに間違いない。

いま思うと、自分が連絡にも出ずに逃げ回っている間に、リクルーターの方をはじめ、チーム関係者の方々がすべてお膳立てをしてくださっていたと思うと、感謝してもしきれない気持ちだ。

 

ご縁と呼ぶのも厚かましいくらいに思っている。

 

ある時、リクルーターの方に「なんで自分に声をかけてくれたのか・・?」を訊ねたことがある。

 

ある大学の試合ビデオを見ていたところ、たまたま対戦相手が大阪体育大学で、その試合自分がたまたま調子が良くて、相手を圧勝し続けていたことが目に留まって興味を持っていただけたらしい。

 

いつ何時も手抜きせずに頑張っていれば、たまには神様がチャンスやご褒美を与えてくれるのだと思った。

 

リクルートシーガルズとの出会いにおいて、ラッキーパンチの連続で、自分で勝ち取ったと呼べるものは何ひとつないが、自分の人生を語るうえで、端折るわけにはいかない、大事な節目であり、大きな分岐点であることには違いない。

 

そして、この場を借りて、当時リクルーターだった新生さんをはじめ、柳さん、大橋さん、関連会社各社に対して、いろんな調整に尽力いただいた並河さんに感謝の意を伝えたい。

※採用内定後リクルートシーガルズ並河監督から親父宛に届いた手紙。

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