いま日本じゅうがラグビーで熱している。

南アフリカ戦の劇的勝利の瞬間を目にしてからというもの、自分もすっかりラグビーの虜になってしまった。

 

スコットランド戦、サモア戦に限らず、代表戦以外も観るようになった。

 

そんな中、ふと・・五郎丸選手のキック時のルーティーンが話題になっているが、どっかが見かけたことがあるような気がしてならない。

 

何かに似ている・・。

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くだらない話はさておき、いまアメフト人生の棚卸しをしている最中でもあるので、今回は自分が現役時代にやっていたルーティーンについて書きたいと思う。

 

「おいおい、ルーティーンとか呼べる、格好ええもん違うだろー!」と激しく突っ込まれそうだが、ちょっと大目にみて欲しい。

 

「毎プレー、対面にいる選手の目をみて、オラーッと吠えてから、セットする。」

 

現役を引退する3年くらい前からはじめた、プレーを入る前の儀式のようなもの。

 

対戦相手にとっては、意味不明な言動に映っただろうから、きっと覚えてくれているように思う。思い過ごしだろうか。

 

試合はもちろん、練習の時も味方メンバーに対して、「毎プレー、相手チームの対面にいる選手の目をみて、オラーッと吠えてから、セットする。」

 

いつから・何がキッカケで・こんな不可解なことを始めたのか・・。

 

当時、精神的にムラのある選手で、プレーにもそのムラが及んでしまうことが多々あり、それをどう克服するか悩み考えていた。

 

そんな時に、大学2回生の頃、対戦相手のオフェンスラインメンバーがやっていたことがふと脳裏をよぎり、それを引っ張り出してきて、やり始めるようになった気がする。

 

「毎プレー、対面にいる選手の目をみて、オラーッと吠えてから、セットする。」

 

勝っていようが負けていようが、試合状況に関係なく、オフェンスラインメンバー全員が、毎プレー毎プレー、吠え続ける。

 

例えば、自チームのディフェンスチームが思いっきりロスタックルを決めた次のプレーであっても、大事な局面で痛恨の反則を犯した次のプレーであっても、何もなかったかのように吠える。

 

大男たちが吠え続けるという光景をみて、衝撃を受けたと同時に、どこかえらくカッコ良く感じた。

 

本来、試合を通じて、当たり負けたり、しょうもないミスを犯したり、アサイメントを間違ったり・・する中で、多かれ少なかれ精神的ダメージを受けるものだ。

 

そして、それを引きずらずに気持ちを切り替えなくてはいけないと分かっていても、引きずってしまうのが人間だったりする。大学生ならなおさらだ。

 

それなのに、まるで何もなかったかのように平静を装いながら続けるものだから、相手が動揺してしまったりする。イケてるはずなのに、まるでイケてないかのような錯覚に陥ってしまったりする。

 

「こんな風にプレーしたい」と思い、まずは真似てみたのが最初。

 

ただ、やはり、吠え続けるというのは難しく、吠えたり吠えなかったりを繰り返していたように思う。

 

「吠える」といっても、生半可な「吠える」ではない。

 

それこそ、目の前に星が飛び散るくらいに腹底から吠えるものだから、自分の体力と気力がものすごく消耗される。

 

何のために吠えているのか・・目的を見失うことも多々あったが、そのたびに原点に立ち返るということを続けていくうちに、吠えないと逆に違和感をおぼえてしまうようになっていた。

 

また、紆余曲折ありながらも続けていく中で、分かったこともたくさんある。

 

「吠えている」という行為を周囲からみていると、「興奮している・・」「熱している・・」「イカれている・・」と思われがちだろう。

 

実はまったくその逆だ。

 

とても冷静になれたし、「吠える」ことで、テンポよくプレーに挑むことができる。こんなような理由からだと勝手に分析している。

 

ひとつは、自分の体内にこもっているモヤっとしていた感情を、「吠える」という行為を通して、一気に対外へと排除し、リセットできる。

 

もうひとつは、「吠える」という感情むき出しの言動をとっている自分を、どこか冷静かつ客観的に眺めている自分がいて、過剰なまでに興奮する気持ち・熱している気持ちを抑制できる。

 

要は、精神が研ぎすまされ、無心の状態が作れる。

 

おかげで、前プレーでミスや反則を犯したとしても引きずらなくなった。

それだけでなく、抜群のブロックができた後も、必要以上に調子づくことがなくなり、プレーそのものに安定感が増したように思う。

 

もちろん、全員に当てはまるものではない。

 

ただ、コーチという冷静な立場に立つと、冷静にやろう、冷静にやろうと過剰なまでに口走っている状態、えらく黙りこくっている状態ほど、エラーを起こしやすくなっているように感じた。

 

自身の経験からもルーティーンは大事だと思うが、やることに意味があるのではなく、ルーティーンにまで落とし込まれるまでのプロセスに意味があると思っている。

 

「毎プレー、対面にいる選手の目をみて、オラーッと吠えてから、セットする。」

 

自分の昔話になるから煙たがられる・・、どこか陳腐な内容で説得力ない・・と自身で結論付けてきたが、こうやって棚卸しを進めることで、多少は意味あるものだったことに気づく。

同時に、もっと早くに気づいていれば、あの時、あの選手に対して、手がかり・ヒントとして話し伝えることができたのに・・という後悔の念すら出てきた。

人生はほんま皮肉なものだ。。