社会人アメフト人生18年間の棚卸しと進めたはいいが、アメフト場面と仕事場面とを行き来してしまい整理できない。どうも思考が分散してはかどらない。

 

そこで、当時を思い出しながら、遊び半分で簡単な年表を作ってみた。

https://leadblocker.files.wordpress.com/2015/09/nempyo1.pdf

仕事場面、アメフト場面それぞれの成長が関係し合っていることが分かる。

 

それもそのはずだ。リクルートシーガルズ内には、「仕事もアメフトも120%」「仕事でもアメフトでも日本一」を体現してナンボ!という共通の価値観が内在していた。

 

仕事とアメフトどちらか一方の時間やパワーをセーブしながら、もう一方にその余力を突っ込むのではなく、仕事とアメフトの両方を、身が引きちぎれるくらいに頑張ることが大前提とされていた。

 

当時の先輩達を思い浮かべてみても、仕事場面で活躍している人は、アメフト場面でも同じように活躍をしていた。

 

ひとりひとりが限りある時間の中から、ビジネスマン、アメフトマンとして成長するために、時間を捻出し、どうやって結果を出し続けるかを日々考えながら実践していたように思う。

 

それらが実践できている人は、おのずと同僚や上司からの信頼も厚く、周囲の理解や協力も得ながら、自らが仕事をコントロールできる好環境を上手に作り出していた。

 

そういう人は、端から見ていても、どこかノッているし、毎日を楽しんでいるように映った。

 

じゃあ、自分はどうだったかと言えば、入社後数年間は、アメフトも仕事もまったくと言っていいほど振るわなかった。

 

そこから、いろんな出来事がキッカケとなり、低空飛行ながら徐々にまともになっていく・・・。

 

「仕事もアメフトも120%」「仕事でもアメフトでも日本一」を実践できていると胸を張って言える状態にあったのは、社会人7年目、2社目へと転職した頃だから、長年にわたり足踏みをしていたことになる。

性質として、不器用で鈍臭い人間であることもあるが、それ以前にどうでもいい余計なことばかりにとらわれるあまり、どこか腰掛けで、仕事と本気で向き合えていなかった。

 

前回ブログにも書いた通り体力採用であることに加え、社員のほとんどが、旧帝大や有名私大卒ばかりという中で、学歴という偏ったモノサシを取り出しては、劣等感や敗北感のようなものを勝手に感じていた。

 

要は学歴コンプレックスというやつで、それならそれで、人の何十倍
何百倍・・気が済むまで時間惜しまず努力して凌駕すればいいだけである。

 

頭で分かっていながらも、どこか自分の殻を破れず、煮えきれない状態のまま、現実から目を背け、自分に言い訳しながら足踏みを繰り返していた。

 

毎年4月になれば、新たに後輩が入社してくるわけで、本来ならば、焦りを感じ、尻にも火がつき巻き返しに努めるのだろうが、自分に限っては、ただただ気後れするばかり。

 

そんなメンタリティのまま、日常の多くの時間を過ごしている人間が、アメフトのフィールドでのみスイッチを入れようと思っても入るわけがない。

 

まわりのチームメンバーは、「仕事もアメフトも120%」「仕事でもアメフトでも日本一」をすべからく実践していた中で、会社組織だけでなく、チーム内でも、どこか後ろめたい気持ちのまま、騙し騙しの人生を送っていたように思う。

 

日常的にどういったことが起きていたのかと言えば、能力の問題ではない、努力すればできること、細心の注意を払えば起こらない、くだらないミスを、仕事とアメフトの両方の場面で繰り返していた。

 

そんな繰り返しの中で、仕事においても、またアメフトにおいても、上司や先輩、コーチから怒られる場面が徐々に増え、受け身にまわってしまう。

 

だんだん居心地も悪くなり、毎日がつまらなくなる。

 

その結果として、逃避行動を起こそうとしたこともある。

 

ある日教員への転身を思いつき、中学校の校長をしていた親父に相談した。相談というと聞こえはいいが、親父のコネをアテにしたのである。もちろん親父はそんな自分を察してからか一切応じてくれなかった。

 

アメフトにおいても、鳴かず飛ばずの自分を見るに見かねて、出場機会を与えるべく、ポジション変更してくれたにも関わらず、思い通りプレーできない現実と向き合えず、粘り強く努力するどころか退部を考えた頃もあった。

 

後にも先にも、アメフトを心底嫌いになったのは、この一回きりである。

 

同じポジションの先輩方の励ましのおかげもあり、安易な結論を出さずに済んだ。

 

そんなどうしようもない自分も、入社3年目か4年目くらいだったと思うが、上司のある一言で、徐々に仕事に対する向き合い方が変わっていった。

 

「仕事もろくにできないならアメフトをやめろ!」

 

上司からすれば、中途半端な自分を見るに見かねて、ただ本心を率直に口にしたのだろうが、「会社にとって、お前はもう必要ない」と告げられたような感覚に陥り、ものすごい焦りや不安を感じたのを覚えている。

 

焦りや不安は、徐々に反省へと変わり、足踏みしていた時間をさんざん悔やんだうえで、「これからは、とにかく、なりふり構わずやろう。」と腹を括った。

 

いま考えてみれば、人生で初めて「腹を括る」「覚悟を決める」ということを経験したように思う。

 

ただ、これまでの代償は想像以上に大きく、そう簡単に取り戻せるものでもなく、それ以後も自分に内在する羞恥心やくだらないプライドとの戦う日々を繰り返した。

 

そして、徐々に、徐々に、仕事を通じて、成長実感を得れるようになった。

 

それからまた「自分がやらなあかん状況」が自分を変えた。

 

アメフトで言えば、長年レギュラーとして活躍してきた先輩達が年々引退していく中で、新旧交代が余儀なくされ、気がついた頃には、自分が頑張らなければ、チームが負けてしまう状況。

 

また、仕事で言えば、転職と同時に、初めて取り組む新卒採用プロジェクトを担当、チームメンバーは自分ひとりという責任の所在がはっきりとした中で、なんとしても成功しなければいけなかった。

 

それらを徐々に乗り越えることで、少しずつ自信をつけ、自分らしさも発揮できるようになっていったように思う。

 

大袈裟かもしれないけど、子会社の社長就任や海外赴任など・・修羅場体験が人を成長させるとよく言うが、まさにその通りだと思う。

 

まだまだ途中段階ではあるが、棚卸しを進めていくなかで、思うことがある。

 

自分自身と向き合いながら、包み隠さずに書き綴っていくことで、余計なものが削ぎ落とされ、本来の自分に立ち返ることができている。

 

余計なものとは、力みであり、プライドとか見栄といったようなもの。

 

それだけではない。これからの人生において、「自分がやりたいこと」「こんな自分だからこそできるであろうこと」などが少しずつ見えてきている。

 

先に書いた上司は、「書くことこそが思考力のトレーニング」といったことをよく口にしていた。

 

「考えて、練って、書いて、相手に思いを完全に伝えていくことを訓練しろ。これができるようになれば、プレゼンはおろか、説得するのに時間も労も要しない。書くこと自体ですでにじっくり考えているから・・」と。

 

ふとした思いつきで、アメフト人生の棚卸しというテーマのもと、過去を振り返っているが、昔を懐かしんでいるつもりもなく、「自分を知る」「将来を考える」作業だと捉えている。

 

今回は、やや脱線してしまったが、アメフト人生を棚卸ししていくうえで大事な要素であると思い、仕事とアメフトとの関係について振り返ってみた。

引き続き、上司の教えを忘れることなく、アメフト人生の棚卸しにドライブをかけていきたい。

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