横浜家系ラーメン屋で起きた出来事を紹介したい。

 

その日はいつになくタイトなスケジュールだったこともあって、昼ご飯を食べ損ねてしまい、気がついた時には夕方5時をまわっていた。

 

あまり空腹感もなかったため、晩御飯まで我慢するか・・とりあえず軽く済ませるか・・考えながら歩いていると、ある看板が目に飛び込んできた。

 

「横浜家系ラーメン」

 

六本木にある天鳳に次いで大好きなラーメンのひとつである。

 

もうすっかり中年体型が定着して一年以上が経過、ラーメンを食べることに対しても何のためらいもないはずなのに、ダイエットに励んでいた時の名残なのだろうか、入店時には周りを見渡し知人がいないか確認してから入店するのが習慣になってしまっている。

 

店に入ると、夕方ということもあり、ひとりしか客がいなかったため、自分なりに店員の手間を配慮し、その客の1つ席を空けた隣に腰をかけた。

 

見た感じでは、20代前半と思われる若い男性客がスマホをいじりながらラーメンが運ばれてくるのを待っていた。

 

席に着くと、ひと息つく間もなく、これまた20代前半と思われる若い男性店員が事務的にオーダーを取りに来たので、「しょうゆ味・ほうれん草増し・麺はかため、普通、普通・・そして、麺の量も普通盛り」といつも通りオーダーした。

 

普通盛りをオーダーするのには訳があり、ラーメンを食べるのは良いとして、「大盛り厳禁」というルールを設けている。ラーメンを食べる時点で、もはやどっちでも同じだということもわかっているながらも・・である。

 

と言っても、普通盛りと言っているのにも関わらず、大盛り無料であることを強く勧められたり再度確認されることは何度となくある。そのたびに寂しい気持ちになるが、まあこんな体格をしている自分が悪いと言い聞かせるようにしている。

 

ようやく若い男性店員がカウンター越しの厨房から両手にラーメン鉢を持って近づいてきた。

 

「なーんや、隣の客も俺の少し前に入店したばかりやったんか。」とか、どうでもいいことを心の中でぶつくさ呟きながら、まもなく運ばれてくるラーメンに胸を踊らせながら男性店員が来るのを見守っていた。

 

順番としては、男性客から運ばれるのが確認できたため、割り箸を準備したり豆板醤やすりゴマを入れる準備をしながら待ち構えていたその時、「ちょっと・・ちょっと・・」と男性客の声が聞こえてきた。

 

その声に反応して男性客に視線を向けると、男性客の足元に置いてあった布地のカバンにスープが大量にこぼれているのが確認できた。

 

男性客に対して、「すみません・・」と繰り返し頭を下げるだけで、いっこうにカバンを拭こうとしない男性店員を見ながら、少しずつムカムカしてきた時、男性店員と偶然目が合った。

 

すると、男性店員は我に返ったかのように慌てて、「あっ、どうぞー!」とテーブルに置きっぱなしになっていたラーメン鉢を自分の方に差し出した。

 

隣のことが気になりながらも、早く食べないと麺が伸びでしまうという焦りもあり、差し出されたラーメン鉢を手前に寄せ、スープを飲もうとしたのだが、もはやスープは見当たらず、まるで油そばのような状態だった。

 

それを見て、隣の男性客のカバンにこぼれ落ちたスープが自分のラーメン鉢のスープであったことに気づいた。

 

一体、男性店員はどういうつもりなのか・・・

分かっていながら差し出したのだろうか・・・

 

スープをすぐ注ぎ足すようガツンと言ってやろう!とも思ったのが、男性店員に加え、先輩と思われる女性店員も厨房から出てきて、こぼしたスープを拭き取る作業に追われている様子だし、こぼされた男性客のことを思えば、スープが少ないことなど大した問題ではないよな・・・ちっちゃい男みたいで格好悪いなあ・・・いろんな葛藤がありながらもグッと我慢することにした。

 

しかし、食べれば食べるほど凄く虚しい気持ちになってきて、結局のところ我慢をきらしてしまった。

 

「ちょっとー!!普段からこんなにスープが少ないんですかー!」

 

すると、男性店員が拭き取り作業をしながら事務的に「はい」と答えた。

 

さすがにもうあかん!!と頭に血が上り怒鳴りつけてしまいそうになったが、すかさず先輩の女性店員が来て、ラーメン鉢の中を確認すると、「申し訳ございません、すぐに追加スープをお持ちしますね。」と対応してくれたので、頭に上った血も一気にひいていった。

 

まもなくすると、追加スープを持ってきてくれた。それがまた量が多く、新しいラーメン鉢いっぱいにスープを入れてきてくれた。

 

油そばやと思ったら、今度はつけ麺やないか・・・とひとりツッコミしながら、女性店員なりのサービスだと思ってありがたく頂くことにした。

 

そうこうしている間にも、まだ拭き取り作業は続いており、男性客はカバンが気になって仕方のない様子。大切な人からもらったカバンなのだろうか。

 

どこか気弱そうな男性客で、言いたいことも言えず我慢しているのではないかと思うと、なんとも言えない気持ちになってきて、自分が代わりにガツンと言ってやろうかなどという意味のわからない正義感が芽生えてきた。

 

必死で自分を言い聞かせながら、できるだけ目を向けないよう、ラーメンを食べることだけに集中するようにした。

 

それからまもなく、男性客は席を立ちレジの方へと歩いて行った。

 

その後ろ姿を見ていると、また何とも言えない気持ちになり、店側は一体どのように対応するのだろうか・・遠目に確認していた。

 

女性店員は慌ててレジに向かうと、改めて深々とお辞儀をして、どうやら代金は受け取れない旨を男性客に対して告げているようだが、男性客は頑なに代金を支払おうとする・・・こんなやり取りが何度か続いたが、結局は女性店員が代金を受け取り幕が閉じた。

 

そして、最後に女性店員と男性店員は再度深々とお詫びを告げた時、男性客が男性店員に対して言葉を発した。

 

「店員さん、お疲れでしょう?!ちゃんと休まれた方がいいですよ。」

 

この一言には、さすがに耳を疑ってしまった。

 

もしかして皮肉なのかもとも考えたが、彼の一連の対応を見ていて、皮肉を言うようなタイプでもなかったことを思うと、きっと本心なのだろう。

 

果たして自分が男性客の立場だったならば・・・・。

 

こぼされた時点で怒鳴りつけるだろうし、怒りのあまり食べずに店を出るかもしれない。食べたとしても代金不要と言われたら払わない可能性も大いに考えられる。

 

あまりの衝撃にすっかり言葉を失うと同時に、店に入ってからこれまでの出来事を振り返り、いろいろと考えさせられてしまった。

そのうち、ラーメンを食べているという自分にも嫌気がさしてきて、食べかけのラーメンをそのまま残そうと思った時、ちょうど目の前のラーメン鉢いっぱいのスープが飛び込んできた。

 

せっかく用意してくれたスープなのに残すわけにいかない・・・。

 

最後は、つけ麺のごとく、残っているラーメンを追加スープにつけて、自分を戒めながら、スープと麺を強引に流し込むようにして完食した。

 

もうラーメンにはこりごり。しばらくは断ちたいと思う。

 

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