生まれ育った大野家というのは、親父が稼ぎ、オカンが家を守る・・・そんな家庭だった。

 

親父は一切の家事をやらない。皿洗いもしなければ、洗濯物を取り込むことも、たたむこともしない。一切なにもしない。

 

自分には三つ上の姉がいるが、ふたりもまた手伝わない。

 

料理を運んだり、食べ終わった食器を片付けたり、また洗濯物を取り込んだり・・やるにはやるが、オカンから頼まれてはじめてやる程度。

 

家事と呼ばれる一切のことをオカンがすべてをやってくれていた。

 

人様の家庭を覗くといっても、親戚の家にお邪魔するくらいだったが、その親戚といっても、多かれ少なかれ同じような価値観が底流している家庭なので、大野家のスタイルに何の疑問や違和感を持たずに育った自分がいる。

 

ところが、いま振り返ってみると、自分の大学入学と同時に、少し変わったように思う。

 

アメフトをやっていたこともあり、ろくにアルバイトもせず、一人暮らしまでさせてもらっていた。

 

年間100万円以上もの授業料に加え、生活費のすべてを両親に支援してもらっていたことになる。完全に「親のすねかじり」の状態。

 

自分が両親にどれだけの負担をかけてきたか・・が社会に出てからジワジワと身をもって理解できるようになる。

 

そんな中、親父が稼ぎ、オカンが家を守っていた大野家が、親父とオカンともに稼ぐ大野家になった。

 

家事については、正確には把握していない。なぜなら、一人暮らしをはじめた上に、ろくに実家にも顔を出さない親不孝者だったから。

 

ただ、この頃から親父が少しずつ家事を手伝うようになったと聞いたことがある。ただ、それもオカンよりも親父が早く帰宅することが多かったからだったと思われる。

 

大学入学と同時に、実家を離れ、かれこれ20年以上が経ったことになるが、現在の大野家は、オカンが稼ぎ、親父が家を守っている。

 

オカンが稼ぐといっても、家計のベースは年金ではあるには違いないが、一切の家事は親父が行っている。洗濯、掃除にはじまり料理まで。

 

家事の一切をやらなかった親父が、今では家事の一切をやっている。もちろんオカンが望んだわけでもない。

 

もともと几帳面だった親父が掃除に精を出すのは分かる。洗濯もさほど難しい作業ではないし時間を持て余している親父にはちょうどよいのだろう。

 

しかし、料理だけが疑問だ。どこで、誰から教わったのだろう・・・。和食の一点張りではあるが、なかなか手の込んだ物も作っている。

 

自分が大学入学と同時に実家を出たその時から、自分の知らない間に少しずつ現在のスタイルが築き上げられてきたかのようにも思う。

 

親父とオカン。

 

子供目線ではあるが、決して夫婦仲が良い部類ではないと思って見てきたが、それは表面上であって、実に良い関係だなと今頃になって思ったりする。

 

最後にもうひとつ。

 

実家に帰ると、結構な頻度で粕汁を作り置きしてくれている。粕汁は幼い頃からの大好物だったりする。

 

昨年の話ではあるが、それを知っているオカンが作ってくれているものだと思って飲んでいたら、親父が作ってくれたものであることをオカンから聞いた。親父が作ったことにもビックリだが、それ以上にオカンの粕汁の味そのものだったことにビックリした。

 

まさかとは思うが、オカンが親父にレシピを教え一緒に調理したのか・・・それは考えにくい。だとしたら、長年にわたり口にきたオカンの味を親父はそのまま再現したのだろうか・・・答えは分からないが、考えているだけで心があったまってくる。