社会人アメリカンフットボール人生を振り返った時に、常に自分の中心に据えながら、一貫してこだわり続けてきたものがある。

“Finish it”

 

いかなる時も、状況や環境に左右されることなく、自分の役割を完遂する、まっとうすること。

当時リクルートシーガルズには、「当たり前のことを 誰もマネできないくらい
当たり前のようにやろう」と練習やミーティング・・といった、いろんな場面の細やかなことにも目を向けて、チームメンバー全員が、相互に要求し合いながら、チームとして実践しようと取り組んでいた。

自分もそれに習い、「最後の最後まで愚直に献身的にプレーする」ことくらいはできるだろうと意識して取り組み始めたように思う。

オフェンスラインとしては、サイズもなく、これといったパワーもスピードもなかったため、低く姿勢で思い切りのよいスタートを切り、ディフェンスラインの懐に入り込って、しつこくドライブする・・・プレー終了のホイッスルが鳴り終わるまで絶対に足を止めずにプレーし続ける・・・ということにこだわった。

言葉で表現すると、ごくごく当たり前のことのように聞こえてしまうが、「状況や環境に左右されることなく徹底してやる」のは本当に難しい。

 

チームにとって、また自分にとって、都合のよい状況下では誰でも難なくできることなのだろうが、逆境の中でやり遂げるというのは並大抵のことではない。

 

そういった意味で、“Finish
it”という言葉を聞いて、忘れもしない出来事がある。

 

以前ブログにも書いた内容ではあるが、2000年シーズンのリーグ最終戦の鹿島ディアーズとの試合で起きた出来事。

2000年といえば、入社後3年間の補欠時代を経て、ようやくレギュラーを勝ち取り試合出場しはじめたシーズン。

 

すぐに調子に乗りやすい自分だから、下手な自信を持ち始めていたのかもしれない。

 

※過去のブログより抜粋

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<省略> 

宿敵・鹿島ディアーズとの決戦で、当時のエースランニングバックを見殺しにしてしまった。

 

オフェンスが敵陣の奥深くまで攻め込んでいるシリーズで起きた。

 

自分のポジションとは反対サイドのオープンプレーだったこともあり、プレー中にも関わらず、徐々にスピードを緩めて、ゆったりとランニングバックの後方を走っていた。

 

前方では、ランニングバックが抜群のカットバックでディフェンスのタックルを振りほどきながら懸命に前進していたが、ディフェンスに捕まってしまい、2人、3人・・と次から次へとタックラーが集まってくる。

 

それでも前進しようとした瞬間、嫌な倒れ方をした。それから間もなく、トレーナー達に運び出され、フィールドに戻ってくることはなかった。

 

その後もオフェンスは攻撃権を更新しながらタッチダウンを獲り、大一番を勝利でおさめることができたが、次の試合に負け、シーズンを終える結果となった。

 

負傷退場した彼は足首を骨折。あのプレー以後フィールドに立つことなくシーズンを終えた。

 

あらためて、彼が負傷した場面の映像を繰り返し見た。

 

ディフェンスが2人、3人・・と彼に向かってくる中、オフェンスメンバーが3人、4人とブロックに向かっていれば、彼は怪我することはなかっただろうし、あのプレーを得点に結びつけることができた。

 

しかし、実際映像に映っていた光景はというと、審判がプレー終了のホイッスルを吹いていないにも関わらず、自分を含むオフェンスプレーヤーの多くが足を止めて、当事者であるにも関わらずプレーを傍観していた。

当時チーム内では「Finish it」というフレーズが飛び交っていた。

その名の通り、最後までプレーをやりきるという意味。最後まで・・とは、審判が吹くプレー終了のホイッスルが鳴り終わるまでのこと。それまで個々人が割り振られた役割をまっとうし続けること。

他のメンバーよりサイズが劣っていた自分は、「手抜きのないプレー」「しつこく、いやらしいプレー」でしか勝ち目がないという自覚があった。

 

それだけに、自分がやってしまった、ある意味 怠慢とも呼べるプレーを見てひどく反省し考えさせられた。

 

プレーが連続していたこともあり疲れていたのか、「反対サイドのオープンプレーだから、自分がブロックに向かったところで間に合わないだろう・・」という自分本位な考えが働いたのか。

 

いろんな場面で「まっとうする」という言葉をよく口にするが、とても重い言葉であることを痛感した。

 

アメフトで言えば、チームの勝利のために、精神的肉体的に疲労している自分、失敗して弱気になっている自分、怪我の痛み・・そういった個人的感情を押し殺し、自身を律しながら、目前の1プレー1プレーをやり遂げなければいけない。相当な覚悟が必要だ。

 

でも、そんなプロセスを積み上げていく中で、メンバー同士の関係性がより強固になり、チームとしての結束力が高まっていくのだと思う。

 

現在もコーチという立場で、アメフトには関わっているが、上記経験で学んだことが現在も自分の中心にあるように思う。

 

精神論や気合論と片付けられることも少なくないが、戦略性や緻密さが必要とされる一方で、感情を持った人間同士がぶつかり合う以上、勝負を左右する大事な要素のひとつに違いない。

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この経験を経て、“Finish
it”の本当の意味を考えさせられた。

 

それ以後、「最後の最後まで愚直に献身的にプレーする」ということに加え、「チームメンバーの命を背負っている」という気概や覚悟をもって、1プレー1プレーと向き合うようになったように思う。

また、年齢や経験を重ねるごとに、自分が実践するだけでなく、チームメンバーに対しても、バカのひとつ覚えのように、口やかましく発信、時に強要するようになった。

いま振り返ると、大人げない言動もあったことを思い出し、ひどく反省する一方で、弱く甘い自分に対してプレッシャーをかけ実践せざるを得ない状況にしていたようにも思う。

肉体的にも精神的にもギリギリの状態の中で、チーム全員で決めたことを、チーム全員で徹底しようとプロセスを踏んでいると、しんどくて辛い、逆境下でも、仲間の顔をみると、不思議と力が湧いてきて踏ん張れたり、乗り越えられたりする。

暑苦しい話になってしまうが、「このメンバーで日本一になりたい」「こいつらを走らせたい、投げさせたい」といった想いが言動力となり、本来自分が持っている能力以上のものを引き出してくれ、自分を成長させてくれていた。

 

また、上記のような気概や覚悟でプレーに挑んでいれば、まわりのチームメンバーも、同じようなことを感じてくれているだろう・・と思い込んでいた。

 

もうひとつ、“Finish
it”と聞いて、忘れもしないプレーがある。

自身の現役最後のプレーでもある。

 

30歳を迎え、現役最後と決めて挑んだ2005年シーズンのライスボウル。

 

2000年の鹿島戦にて見殺しにしたエースランニングバックの大会記録更新がかかった場面での1プレー。

 

勝利がほぼ確定した段階で、すでに退いたレギュラーメンバーがフィールドに再び戻り、オフェンスチームメンバー一丸となって記録更新に挑んだ結果、彼は無事に新記録を打ち立てた。

 

あまり事情を正確に把握できていなかったこともあるが、大した緊張もなく、極めてリラックスした状態で挑んだ記憶があるが、よくよく振り返ってみれば、感慨深いプレーだったと気づかされる。

そのプレーが、自分が最も得意とするプレーだったこと。(ただ、意図的にプレーコールしてくれたか分からない。)そして、渾身のブロックができ、それが現役最後のプレーとして終えることができたこと。

 

数年にわたって、苦楽をともにしてきたオフェンスメンバーだったこともあり、そのメンバーと最高の結果で、2005年シーズン・現役時代を締めくくれたこと。

そして何より、2000年シーズンの鹿島戦にて、見殺ししたエースランニングバックと同じフィールド立って、大会記録更新に少なからず貢献できたこと。

 

彼は、いまも現役のランニングバックとして活躍しており、先日とんでもない大記録を打ち立てた。

 

その彼は、事あるたびに、こんなようなことを言って、地味で目立たないオフェンスラインメンバーを労ってくれた。

「自分が走れるのはオフェンスラインのおかげ。オフェンスラインがしっかりブロックしてくれているから走れるんです。」と。

 

そのたびに、「リップサービスだろう・・」と内心思いながらも、やっぱり嬉しくて、涙していたのを思い出す。

“Finish it”

 

どこのチームでも口にされている、当たり前のことかもしれないが、本当の意味で、チーム一丸となって、徹底的に突き詰めて、実践できているチームは決して多くないように思う。

義務とか役割といったこと以上に、チームメンバー間の関係性を築き、深め、そして、組織風土醸成の一助となる、大事なキーワードだと信じて、いまは仕事場面で実践しようと努めているが、なかなか難しい。

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