選手、コーチ、コンサルタント、
経営者としてスポーツに関わり続ける

2016年9月22日、「B.LEAGUE」(正式名称はジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ)が華々しく開幕した。野球、サッカーに続き、人気スポーツのバスケットボールのプロリーグがいよいよ日本でもスタートし、注目を集めている。構成チームは、B1(1部リーグ)16チーム、B2(2部リーグ)16チームの計32チーム。それぞれ3地区に分かれ、計60試合のレギュラーシーズン(リーグ戦)、チャンピオンシップ(プレーオフ)を闘い優勝チームが決定する。B1の下位とB2上位の入れ替えもある。

サッカーJリーグに続いて、同リーグの生みの親となり、2016年6月まで日本バスケットボール協会(JBA)会長も務めた川淵三郎氏(日本サッカー協会最高顧問)は、開幕戦の会場で「選手を強化し、NBA(世界最高峰である北米のプロバスケットボールリーグ)に日本の選手をいつも5人くらい送り込めればB.LEAGUEも世界に冠たるリーグになる。厳しい目で成長を見守ってください」と来場者に呼びかけた。これからの盛り上がりが大いに期待されている。

そのB2に属する、茨城ロボッツ(正式名称は「サイバーダイン茨城ロボッツ」)。茨城県水戸市を本拠地とし、選手12名(うち外国人3名)を擁して、2016年11月5日現在8勝6敗で東地区2位というまずまずのスタートを切っている。チームを運営するのは、株式会社茨城ロボッツ・スポーツエンターテインメント。同社を設立した代表取締役社長の山谷拓志氏は、高校時代から一貫して、選手、コーチ、コンサルタント、そして経営者としてスポーツに関わり続けている、スポーツビジネスのフロントランナーの一人だ。champ_ring

山谷氏は、慶應義塾高等学校でアメリカンフットボールを始め、慶應義塾大学に進学後も体育会アメリカンフットボール部「ユニコーンズ」に入部。4年時にバイスキャプテンを務め、学生日本代表に選出されるなど活躍する。1993年、卒業後に株式会社リクルート(現・株式会社リクルートキャリア)に入社し、同社の実業団チーム「リクルートシーガルズ」に入部。1996・1998年のライスボウルに優勝し、選手として2度、日本一に輝いた。

30歳の2000年にリクルートを退社し、シーガルズのアシスタントゼネラルマネージャーに就任する。2002年にリクルートがスポンサーから撤退すると、クラブチーム「シーガルズ」として独立。山谷氏はオフェンスアシスタントコーチも兼務し、東京スーパーボウルを制覇した。

2004年、リクルート時代の上司であった小笹芳央氏が創業した株式会社リンクアンドモチベーションに転じ、スポーツマネジメントの新会社を設立する。そして2007年、山谷氏はバスケットボールと出合うことになる。

2004年に栃木でプロバスケチームを設立する動きが始まり、2006年に運営母体となる株式会社ドリームチームエンターテイメント栃木(現・株式会社栃木ブレックス)が設立され、JBL(日本バスケットボールリーグ、B.LEAGUEの前身)の2部リーグに参加することが決定する。そして2007年にリンクアンドモチベーションに支援の要請が入り、山谷氏が社長として就任することになった。その時の思いについて、山谷氏は次のように語る。

「シーガルズで日本一になった1998年、サッカー日本代表が初めてワールドカップへの出場を決め、国内は大いに盛り上がりました。その一方、アメフトではプロ化の機運もなく漠然と焦燥感を覚えました。その頃から、日本ではスポーツの経済的価値が過小評価されていると感じてきたのです。スポーツの評価を高めて、もっと価値を認めてもらえるようにしたい。そのためには、スポーツをビジネスとして捉えて自力で収益を拡大し発展させるべきだと。そんな時に栃木の話が舞い込んできたので、これは面白そうだと引き受けることにしました」

アメリカまで乗り込んで
スーパースター・田臥勇太選手を獲得へ

リクルートやリンクアンドモチベーションで人材ビジネスに携わってきた山谷氏は、組織を発展させるキーファクターは“人材”にあるとの確信を持っていた。リンク栃木ブレックスは、企業チーム全盛のJBLにあって唯一のプロチームである。その“目玉”として、ゼネラルマネージャーも兼任した山谷は、田臥勇太選手を獲得することを思い立った。

160826-7田臥選手といえば、2004年に日本人初のNBAプレーヤーとなった、日本バスケ界のスーパースター。「周囲からは、絶対に獲れないと言われていた」と山谷氏は述懐する。「スポンサーとなっている企業が囲っているので、アメリカから帰国したらそこのチームに入ることが決まっている」「羽振りのいいチームが獲ることになる」といったまことしやかな噂が広がっていた。「それ以前に、本人に日本に戻る気はさらさらないと言われていた」と山谷氏。

ここで、山谷氏は本領を発揮する。“できるか、できないか”ではなく、“やるか、やらないか”という精神だ。

「最難関の大学に入るのに、『自分にはできない』と諦めて行動しなければ絶対に入学できません。しかし、願書を出すという行動を取れば、0だった可能性は0.01%かもしれませんが、発生するのです。つまり、“最難関の大学に入る”と意識をすれば、行動が変わります。行動が変われば結果も変わるのです。まさに『やってみなければわからない』という精神です」

田臥選手の代理人は「学校時代の恩師を介するなどのマネはしないでほしい」と釘を刺してくるなど、ガードが堅かった。山谷氏がいくらメールや電話をしようとも、返信はなかった。そこで山谷氏は“当たって砕けろ”とばかりに、すぐに腹心のスタッフを渡米させた。

「現地で『すぐ近くに来ているから、会ってもらえないか?』と連絡しても『お引き取りください』と。しばらく粘りましたが、頑なでした。帰国後もメールを送り続けたのです」

NBAの開幕まで2カ月ほどに迫った2008年9月、田臥選手の代理人から「まだ獲得の意思はあるか?」と連絡が入った。山谷氏は「もちろん」と回答し、獲得条件をファックスする。栃木ブレックスも選手を固めており、それほど予算に余裕はなかったが、田臥選手が入れば確実に上がる集客力を見込んで報酬を提示した。14595569_559879780884212_3285599673530135592_n

「すると、2時間後にサインが入った入団承諾書が送られてきたのです。騙されているのかと(笑)。そして、2日後に日本に来るというのです。何も準備していないのと嬉しさで混乱する中、地元の地方紙に情報を提供し1面に出してもらいました。記者はスクープ大賞を受賞しましたよ(笑)」

新しいシーズンに、田臥選手と契約するチームがほかになかったのだ。

「おそらく、国内のどのチームも『田臥など獲れるわけがない』と頭から諦めていたのだと思います。そこに、栃木だけがしつこくアプローチしていたというわけです。思うに、田臥選手自身もNBAに徒手空拳でチャレンジし、日本人初のポジションをこじ開けた経験がある。同じメンタリティだと共感してくれたのかもしれません(笑)」

その田臥選手の活躍もあって、栃木ブレックスは2009-2010シーズンに初優勝を遂げた。

「田臥選手は本当にストイックで、一切の言い訳をしません。試合がどれだけ劣勢でも、最後の最後まで諦めず勝つと信じている。空調も効かない練習環境でも不満一つ言わない。コンディションの調整に神経を研ぎ澄ませている。ほかの選手の手本となる、素晴らしい選手です」

リーグの責任者として
経営破たんしたチームに飛び込む

リンク栃木ブレックスを3年連続で黒字化させ、史上初の2年連続トップリーグトロフィー受賞という経営手腕を発揮した山谷氏は、2012年6月、公益財団法人日本バスケットボール協会の新リーグ運営本部副本部長兼COOに就任し、栃木から離れる。この年、JBLはNBL(ナショナル・バスケットボール・リーグ)に改組され再出発した。翌年7月、山谷氏はNBLを運営する一般社団法人日本バスケットボールリーグの専務理事兼COOに就任、名実ともにバスケットボール界の中枢に駆け上がる。

NBLの2014-15シーズン開幕直後の10月、その山谷氏のもとに悪い知らせが届く。「つくばロボッツ」(現・茨城ロボッツ)を運営する当時の運営会社の経営が悪化し、選手の給料が未払い状態になったのだ。このため、チーム運営はNBL直轄となる。89978185-612b-4c65-9c72-84903187921d

破たんの大きな原因は、収入に見合わない選手の人件費をかけてしまったこと。チーム存続のために選手に減額を要請しても、「契約金額の給料がもらえないのは納得できない」と、12名中9名の選手が退団してしまったのだ。バスケットボールは5名の選手でプレーする。まさに緊急事態。山谷氏は、選手集めとスポンサー探しに奔走を始めた。

茨城県内の企業を回ったが、なかなか色よい返事は得られなかった。そうした中で、生活支援ロボットメーカーのサイバーダイン株式会社が協力に応じてくれた。但し、交換条件があった。

「きちんとした経営をするトップが必要だと。山谷さんが社長をやるなら協力すると言われたのです。断れないですよね。それにチームが潰れて試合がなくなることは、リーグとして何としても避けなければなりません。チームの運営企業の経営者にリーグに身を置いたまま就任することはできません。そこで、NBL専務理事は辞めることを決断しました」

つくば市に本社を置くサイバーダインの支援を得て、株式会社つくばスポーツエンターテインメント(現・茨城ロボッツ・スポーツエンターテインメント)を設立。山谷はひとまず、チームの運営基盤をつくり直した。

それとともに、選手の補充に走る。開幕後、どのチームにも属していないような選手であっても仕方ない。「リーグからは、最低でも10名の選手がいなければ認められないと突き付けられた。昨日までアルバイトをしていたような選手にも声をかけてかき集めた」と山谷氏は打ち明ける。

運営スタッフを入れるほどの余裕など、ない。パイプ椅子を並べるなどの試合会場の設営も選手・スタッフ総出で行った。「まさに、どん底状態でした。2014-15シーズンはなんとか凌ぐだけで精一杯でしたね」

結果、6勝48敗。ダントツの最下位であった。

住民投票でよもやのアリーナ建設が否決
滑り込みでB.LEAGUEに参入

サイバーダインが命名権を獲得し「サイバーダインつくばロボッツ(現サイバーダイン茨城ロボッツ)」に名称変更した2015-16シーズンは、8勝47敗で同じく最下位に終わる。集客難が続き、運営会社は借り入れもかさんでいた。そんな状況の中、2016-17シーズンからNBLはB.LEAGUEに生まれ変わることになった。ロボッツも当然、B.LEAGUE入りを目指すことにした。

ところが、またもや難題が山谷氏の前に立ち塞がる。B.LEAGUEに入るためには、B1は5000名、B2は3000名を収容できるホームアリーナを確保することが条件。つくば市では総合運動公園に5000名を収容できる体育館を建設する計画が進んでいて、ロボッツはそこをホームにする内諾を得ていた。B.LEAGUEの参入審査の結論が出るのが2015年8月31日。ところが、体育館建設に反対する市民が多く、8月2日の住民投票で否決されてしまったのだ。

「いきなり宙ぶらりんの状態です。B.LEAGUEからは『アリーナが確保できなければ参入は難しい』と言われましたが、諦めるわけにはいきません。八方手を尽くすと、水戸市でも5000名収容の体育館建設計画が進んでいることがわかりました。藁をもすがる思いで掛け合いに行くと、市長が即座にホームアリーナとしての使用をサポートすることを英断してくださったのです。滑り込みでB.LEAGUEに参入できました」2w9a1002

これを機に、チーム名を「つくば」から「茨城」に変更。さらに、山谷氏はある会合の懇親会でたまたまビジネススクールを運営するグロービスの堀義人代表と隣り合わせになる。

「ロボッツの現状やビジョンをお話ししたら、水戸市出身の堀さんは喜んで出資すると言ってくださったのです。まさに救世主。運営会社の取締役にも就任していただき、B.LEAGUE開幕後は非常に熱心に応援や宣伝をしていただいています。本当にありがたいですね」

こうして、茨城ロボッツは晴れてB.LEAGUEの一員となった。当面の目標は、B1昇格。そして、2020-21シーズンに日本一となることを目指す。

「チームはマイナスからスタートし、今ようやくゼロの地点に立てたところです。練習環境整備も選手獲得競争も一筋縄ではいきません。まだまだ厳しいというのが正直なところです。だからといって現状に甘んじるつもりは毛頭ありませんし、やるからにはトップを目指したい。シーガルズも、できたばかりの頃に日本一を目指すと言って笑われました。栃木もそうです。しかし、いずれも日本一になりました。まさに有言実行です。日本一になると言い続けることで、『ならば協力しよう』という企業や、『自分もその一員になりたい』という選手が参加してくれるようになるのです。そして、少しずつでも実績を積み上げていく。そうすれば、運営側には“信用残高”が積み上がっていくと思います。信用残高が潤沢にあれば、多少のことではグラつきません」

自チームの力が70で相手が100なら、自チームは70の力を出し切り、相手の力を65にそぎ落とせば勝てる。そのために何をするかがチームの戦略となる。選手が力を出し切るには、ゲーム戦略が不明確でプレーに迷いが出てはならない。身体的・精神的なコンディションが整っていなければならない。選手やスタッフに不満があってはならない。山谷氏は、観客動員やスポンサー集めに精力的に動く一方、現場に目を光らせヘッドコーチにアドバイスを送る。

「日本一になるために、いかに意識を変え、行動を変えるか。それがマネジメントのすべてです」と山谷氏は力を込める。

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会社名
株式会社茨城ロボッツ・スポーツエンターテインメント
所在地
茨城県水戸市石川3-4176-2末広ビル3階
資本金
6000万円
従業員数
8名(2016年10月31日現在)
事業内容
プロバスケットボールチーム「サイバーダイン茨城ロボッツ」の運営
ウェブサイト
http://www.ibarakirobots.win/