隊長として現場で陣頭指揮
“決断”がリーダーの大きな仕事

川崎市消防局は、市内の7つある行政区それぞれの消防署に加え、東京湾に接した臨海部を管轄する臨港消防署を擁する。その管轄エリアには、「石油コンビナート等特別防災区域(京浜臨海地区)」に指定されている石油化学工業を中心とした工業地帯があり、火災などが発生した際は大規模な災害となる危険性をはらむ、ミッション・クリティカルな消防署といえる。

同署は、本署のほかに4出張所を擁する。その一つ、浮島出張所。すぐ北側には多摩川河口部を挟んで羽田空港があり、川崎市の東端に位置する消防出張所だ。浮島地区は、ほぼ全域が大規模な石油化学プラントで占められている。

「どこにどういった化学物質がどれだけ保管されているか、といった情報は、法律で消防局への届け出が義務付けられています。万一爆発や出火、漏洩といった事態が起きた際に適切な対応策ができるよう、事前にある程度のシミュレーションはしています」と浮島出張所所長の室賀康広さんは説明する。

この地域特性から、化学物質の小規模な漏洩といった事故は少なくないというが、就任以来、幸いなことにまだ大規模な火災などは起きていない。出動は月6~8件あるが、そのほとんどが交通事故対応である。同出張所は高速道路の川崎浮島ジャンクションに隣接しており、首都高湾岸線、神奈川6号川崎線、東京湾アクアラインにすぐアクセスできる。事故の際の火災はもちろん、ガソリンやオイル漏れ、乗車者の救出(レスキュー)に対処することも主要なミッションなのだ。24時間365日、交代制で常時5名が勤務し、災害発生時は1名の情報収集・無線担当を残して4名で出動し、小隊長として室賀さんが現場で陣頭指揮を取る。

「事故や火災などの緊急かつ的確な対応を要する災害現場をどうコントロールするかは、リーダー次第という面があると思います。状況が困難であればあるほど、隊員は隊長の顔を見ますから」

したがって、行動を即座に決断し、「進入!」「退避!」とできるだけ短い言葉で命じる。

「決断できなかったり、判断がブレたら隊員は『大丈夫か?』と不安に思ってしまいます。決断がリーダーの大きな仕事だと思いますね」

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共有と隊員の納得のため
命令する時は必ずその理由を伝える

そう話す室賀さんは、事後、隊員とのミーティングで必ずそのときの判断の理由を考えさせるという。そこには二つの意味がある。一つは、判断基準の共有化だ。

「いきなり教えないで、『なぜあそこで「退避!」と言ったと思うか?』と問いかけています。自分の頭で考えさせたいからです。広い現場などでは、私の声が届かなかったり、場所を手分けして当たる必要があります。そういった状況では、隊員が自分の判断で行動する必要があります。そんなときのための判断基準や考え方を共有し、身に着けてもらいたいからです」

もう一つは、室賀さんの指示を納得してもらうためだ。

「上司や先輩の言うことは絶対だ、いいから俺の言う通りにしろと頭ごなしに命令することを、私はよしとしません。何か命令するときは、必ずその理由を話します。そうでなければ、命令されたほうは納得できないことも多々あるからです」

この考え方は、室賀さんの経験に基づく。かつてそういう先輩について納得できないと感じながらも、自分が同じ立場に立ったとき、ついそういう態度を取ってしまったことがあった。

「そのとき、後輩から『あなたの言うことは聞けません』と言われてしまったことがありました。はっとして猛省しましたね。それ以来、そうした対応は一切断っています」と室賀さんは打ち明ける。

そんな室賀さんが日常、マネジメントで心がけているのは「基本の徹底」「資機材管理の徹底」「コミュニケーション」の3点だという。

まず、「基本の徹底」。消防隊員にあるべき動作や考え方はもちろんであるが、「それ以前に、あいさつをきちんとする、締め切りを守るといった社会人としての基本を徹底している」という。

「資機材管理の徹底」は、隊員自らの命を守るためだけでなく、庁舎や消防車、ホースなど関わるものはすべて市民の税金で賄われていることを意識させるねらいがある。

「コミュニケーション」は、部下に何か命令や指示したことは“丸投げ”にせず、進捗状況を確認するなど“報連相”を求めること。さらに、人間関係を円滑にするために、「プライベートのことも自分から積極的に話して、オープンマインドの雰囲気を醸成するようにしている」とのことだ。

なお、川崎市の消防署では、当直勤務中の3食はすべて自炊している。朝は軽いもの、昼は麺類が多いというが、夕食は一汁二菜ほどの本格的な定食をつくっているという。

「献立も隊員が考えてくれています。結構おいしいですよ(笑)。まさに“同じ釜の飯を食う”状況であり、同じ現場で命を張っている隊の仲間という連帯感を深めるいい機会になっていると思いますね」

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アメフトで“日本一”が契機となって
周囲の人のためになる消防士に転身

使用画像③そんな室賀さんは、高校からアメリカンフットボール(アメフト)を始め、法政大学では主将で中心選手として活躍。卒業後はダイエーに就職し、4年間勤務。その間、同社の傘下となったリクルート(現・リクルートホールディングス)のアメフトチーム「シーガルズ」に参加する。そして、1996年のライスボウルで大学No.1チームを破り、日本一となった。1998年にも日本一となったが、「1回目のときのような感動はなかった」と述懐する。
そして、室賀さんはアメフトに見切りをつけ、消防士への転職を決断する。その理由を、次のように話す。

「一人っ子で、幼少の頃、外を見て過ごすことがよくありました。そのとき、サイレンを鳴らして走る消防車がとてもカッコよくて、僕も消防士のようなヒーローになりたいと思ったのです。そのときの印象がずっと自分の中に残っていました。それまで、周りの人にサポートしてもらい、アメフトで日本一となる夢を実現させたわけですが、そこで、周りの人からのサポートがあったことに気付きました。それまでは、自分の夢を叶えるだけの人生でしたが、これからは周りの人たちのためになるような仕事をしようと思いました」

そこには、「4年間、アメフトに情熱を注げた一方、仕事には全力を尽くせなかった」という負い目もあった。

使用画像④年齢制限ギリギリで、川崎市消防局の採用試験を受験。高い競争率であったが、一発合格する。晴れて消防士になった室賀さんは、レスキュー隊員に任命された。この転職で、仕事に対する姿勢が様変わりした。

「仕事の目的意識が非常に明確になりました。消防士の目的は、人命救助の一点です。あらゆる訓練も、ルールも、すべてが人命救助のため。それだけに、消防の仕事だけに集中して取り組めるようになりましたね」

部下に対しても、「人命はすべてに優先させよ」と明快に伝えている。しかし、そう言うだけでは、経験の浅い部下などは“腹落ち”し切れないこともあるという。消防局の採用試験の競争率が高いのは、“安定している”公務員は人気の的という一面があるからだ。

「中には、『消防現場ではなく事務をやりたい』と言う者もいます。ですから、配属された者には、私の経験をできるだけリアルに話すようにして、意識を変えてもらうようにしています」

東日本大震災で“死”を意識
極限状態の経験が貴重な財産に

室賀さんの経験とは、東日本大震災における救助活動である。震災が発生した次の日、神奈川県が結成した救助隊の隊長として、十数名の隊員を従えて仙台市若林区の被災現場に入った。現地に着き活動のベースキャンプを設営し、海に向かってガレキの山を乗り越えながら酸鼻なる被災現場を進んだ。そして3名の生存者を救出し、5体ほどの遺体を搬出する。

1時間ほど進んだところで、緊急事態を伝える無線の「至急報」が入る。「沖合で7mの津波が発生した。至急退避せよ」さらには「福島原発が爆発した」という内容であった。

「退避しろと言っても、ベースから1時間かけてここまで来ているし、あたり一面ガレキでまともに歩けないわけです。どうしろと言うんだ、と絶望的になりました。しかし、隊員を死なせるわけにはいきません。そこで、最も高い場所はどこかと周囲に頭を巡らせて目についた津波で流された人家の屋根に隊員を登らせたのです」

こんな極限状況は室賀さんも初めてのことである。力が抜けた。そして、全隊員が狭い屋根を埋めたのを確かめると、「俺はここに残る」と言った。

「正直、そのときはあきらめました。ここで死ぬ、と」

そんな妄想を、隊員の「隊長も上がってください!」という言葉が引き裂いた。そして、室賀さんも何とか屋根に上った。とはいえ、高さは5m程度。7mの津波が来たら、ひとたまりもなかったかもしれない。

その津波は、来なかった。屋根に退避して1時間ぐらい後、誤報とわかった。消防本部でも、情報が錯綜していたということだ。

「しかし、極めて得難い経験ができたと思っています。一瞬でも、命をあきらめた経験と、未曾有の災害現場のど真ん中で救助した経験を。どんな現場でも怖気づかない自信や、命の大切さをより一層学べたと思っています」

極限状況が、リーダーとしての室賀さんを鍛え直したことは、間違いない。

「この経験を貴重な財産として、これからも人命救助に身を捧げていきたいと思っています」と室賀さんは結んだ。

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会社名
川崎市消防局 臨港消防署 浮島出張所
所在地
川崎市川崎区浮島町509番地1
従業員数
14名(2016年7月現在)
事業内容
消防及びレスキュー活動
ウェブサイト
http://www.city.kawasaki.jp/kurashi/category/15-13-5-0-0-0-0-0-0-0.html